結局サーフィンってなんなんだろうか【波乗りの定義】

サーフィンって、一体何なんでしょうか?

簡単に言えば波に乗る遊びでありスポーツなのですが、それだけでは片付けられないなにかが、サーフィンにはあるように思えてならないのです。

どういうこと?

サーフィンにたいしては人それぞれ考え方の違いがあり、乗っているサーフボードだって多種多様です。人によっては、サーフィンは波との対話であり、自然と向き合う時間なのかもしれません。僕にとってもそうです。

もしかしたらだれかの答えは、『サーフィンは夢であり人生』なのかもしれません。

一生懸命サーフィンのプロを目指す人にとっては『競技』であり、波乗りは人生をかけるに値する『かけがえのないもの』でしょう。

結局サーフィンの定義ってなんなの?

結論から言えば、波乗りの定義の答えが違っても、それぞれが『正解』なのです。『サーフィンとはなにか』の答えは、だれもが違って当たり前なのです。

今回の記事では、『サーフィンとはなにか?』について考えていきます。

サーフィンは瞑想

ヨガや瞑想の時間と似たような体験ができるのも、サーフィンです。

どうしてサーフィンが瞑想なの?

サーフィンをしているときは、デジタル社会から確立されています。そこにあるのは、自分と『波』だけ。

風が吹けば寒さに凍えることもあるでしょう。ひどいワイプアウトをしたら、『恐怖』を感じることだってあると思います。

そのすべてが自然との対話であり、『瞑想』なのです。

サーフィンとは瞑想でもある

サーフィンは修行

サーフィンは、『修行』です。苦しいワイプアウトを繰り返さなければバレルに入ることはできません。

何回失敗しても、再び立ち上がれるサーファーだけが、『美しい波』に乗ることができるのです。

苦しいのにやっているってこと?

もちろんほとんどのサーファーが、『修行』とは思っていません。ただ波に乗るために、無我夢中にパドルアウトしているだけだからです。

修行なのか、美しい景色を見るためのステップだと思うかは、僕たちが選ぶことができます。

サーフィンは修行である

サーフィンは危険

サーフィンは、『危険』です。命の危険にさらされることもありますし、切り傷は日常茶飯事です。

それでも、その上を行く楽しさがサーフィンにはあります。

どうして?

自転車に初めて乗れるようになったときのことを、思い出せますか?

ひざに切り傷をたくさんつくって、それでも何度も挑戦したはずです。何回も失敗して、ようやく乗れるようになって、満面の笑みを浮かべていたはずです。

それはサーフィンでも同じことです。

もちろん、波に乗れるようになっても怪我をする可能性は大いにあります。

自転車で下り坂を全力疾走したり、ジャンプ台を使って勢い良く飛び上がるのを想像してみてください。

怪我をする気がしてきませんか?

サーフィンとは危険である

サーフィンは波との対話

サーフィンは、『波』がなければできません。その波は長い距離を旅してきて、僕たちサーファーと初めて出会います。その最後の最後で、僕たちに強烈な記憶を残して、消えていくのです。

それはまさに、一期一会です。もう二度と、同じ波に出会うことがないのです。

それとサーフィンになんの関係があるの?

一度しか咲かない波と向き合おうとせずに、自分勝手なサーフィンをしたらどうなるのでしょうか。

そのサーフィンはきっとどこか無理がある、格好が悪い波乗りになってしまうはずです。

スケートリンクでフィギアスケートやスピードスケートをすれば、美しい。そのスケートリンクの上で、100m走をしようとしたらどうなるでしょうか。

波を無視して乱暴に乗りこなそうとしても、『スタイル』は生まれてきません。

サーフィンは、『波』と向き合うところから始まります。美しいラインやサーファーたちの洗練された動きは、『波との対話』から生まれてくるのです。

サーフィンとは波との対話である

サーフィンはスポーツ

サーフィンは『スポーツ』です。

スポーツという言葉を国語辞書で引くと、『釣りや狩猟も含まれる』という表記があります。

なにが言いたいの?

サーフィンは、『釣りや狩猟側のスポーツ』だと言えませんか?

こんなことを言うと、野蛮だと言われるかもしれません。でもサーフィンには、『狩り』の要素がたくさん含まれています。 

仮に波が獲物だと、想定してみてください。

  • いい波を求めて走り回り
  • いい波を逃して悔しがり
  • いい波を取り合い
  • いい波を譲り合い
  • いい波を語り合い
  • いい波を夢見て旅に出る

どうでしょうか?

波乗りはまさに、『狩猟』でもあるのです。

サーフィンは趣味

サーフィンは、僕たちサーファーにとって『趣味』でもあります。無我夢中で一生懸命になれる、最高の趣味なのです。

サーフィンがあれば、その趣味を通じて、どの世界のサーファーとも『一喜一憂』できます。そこに言葉の壁なんてありません。

楽しい時間をシェアできる

いい波を通じて違う国のサーフィン仲間と出会えたら、素敵なことだと思いませんか?

波乗りに国境はありません。それもサーフィンの素晴らしい魅力の一つなのです。

サーフィンに国境は存在しない

サーフィンは遊び

サーフィンは、『遊び』です。

波乗りにハマれば、周りが暗くなるまでずっと夢中で遊べます。普段は起きるのが苦手なサーファーも、次の日のいい波のためなら信じられないぐらい早起きができてしまうものなのです。

サーフィンなんてよくよく考えてみると、ただ波に乗っているだけです。それなのにとても奥が深く、探究心が尽きることはありません。

子供の頃に、気が付いたらあたりが暗くなるまで、夢中で遊んでいたことはありませんか?サーフィンをしている大人たちは、今でもそんな感覚で、夢中で遊んでいます。

サーフィンはフィットネス

サーフィンは『フィットネス』です。

毎日海に通うサーファーは、ジムになんて通わなくたって、引き締まった体をしています。

サーファーたちの背中を見れば、それは一目瞭然です。

どうして筋肉がつくの?

何度も波を乗り越えていくためには、最低限の筋肉が必要不可欠です。

サーフィンに夢中になると、背中や腕の筋肉が、どんどん引き締まっていきます。付けようと思って付けたわけではないサーフィンの筋肉は、ジムの器具で作られたものとは違うのです。

それもまた、サーフィンなのです。

サーフィンとは筋トレである

サーフィンは人生

サーフィンは、人生そのものです。多くのサーファーたちは、波乗りとの出会いのあとに『人生が変わる経験』をします。

そのぐらい強烈なまでに、サーフィンにはすごい力があるのです。

サーフィンに夢中になった日から、僕たちは『波乗りとしての一生』を全うするために懸命に生きます。

腕や足を事故で失っても、サーファーたちは再びあの景色を見るために立ち上がるのです。

  • サメに腕や足を持っていかれたのに、再び海に戻る
  • フィンが刺さり大怪我をしたのに治ったらサーフィンに行く
  • サーフィンが原因で片目を失ったのに、また波乗りをする

サーフィンをしたことがない人たちからしたら、僕たちサーファーは『ただのばか』なのかもしれません。

それでもどうしても、あの波の向こうに見える景色が見たい。もう一度あのバレルに入りたい。そう願うのです。

この世界の全てのサーファーたちは波乗りを愛し、人生を捧げています。そしてなによりサーファーたちは、『自分の波乗り人生』を最高に楽しんで生きています。

もちろん僕自身もです。だからこそ、心から思います。

波乗り馬鹿でいる人生は最高だと。

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