サーファーが幸せである理由【波乗り幸福論】

最終更新日:2018年12月12日『幸せってなんだろう』 という疑問に沿って、今回は記事を書かせていただきます […]

最終更新日:2018年12月12日

『幸せってなんだろう』

という疑問に沿って、今回は記事を書かせていただきます。

今回の記事を書くきっかけは、波に乗っていて『自分はしあわせだ』と強く思ったからです。それは、こんな1日でした。

 

朝早く目を覚まし、コーヒーを飲んで海に向かう

波を見てサーフボードを準備する

日の出とともに海へ

朝焼けが波を照らす

 

何でもない1日の始まりでしたが、とにかく『自分は幸せだ』と感じたのです。

幸せとは波乗りである

しあわせには種類がある

しあわせには色々な種類があります。

その形の多くが、『他人』というものに依存しています。

簡単に説明すると?

例えを挙げるなら、結婚生活です。

結婚生活の幸せとは、『結婚相手である他人』がいてはじめて成り立つものです。どう考えても、自分一人で『結婚生活の幸せ』を感じることはできません。

結婚生活は他人に依存する幸せでしかない

他には?

『ビジネスで成功する幸せ』でも、同じようなことが言えます。ひとりで自営業をしていても、『他人』が必ず関わってきます。

このように誰かがいなければ成り立たない幸福とは、『波乗りの幸せ』とは少し違うのです。

サーファーがしあわせである理由

ほかの趣味にも共通して言えますが、『波乗りで生み出される幸せ』は『純粋な幸せ』です。

どういうこと?

自分と対峙するのは、『自然と波』だけだからです。自然と波があれば、幸せは自分自身だけで生み出せてしまうのです。

これは素晴らしいことです。

自分で自分を幸せにできる・・・

『自然と波』がある場所であれば、『自分の幸せを純粋なしあわせ』として感じることができるのがサーフィンなのです。

サーファーは幸せを自分で生み出すことができる

実社会で苦しむ人は海へ行こう

 

  • 自分さえ幸せであれば、『しあわせ』になれる

これは、実社会では実現できないことです。

どうしてできないの?

その理由は簡単で、実社会というのは『他人がいること』で成り立っているからです。自分が幸せでも身近にいる人が不幸せだと、そこに『しあわせ』を見出すのが難しくなるのです。

混雑しているサーフスポットの場合も、同じです。

混雑しているサーフスポットでは幸せを感じにくい

たくさんの他人が周りにいるから?

人混みの中でするサーフィンは、たくさんの『他人』が多く関わってくる『社会』だと言えます。

混雑しているサーフスポットで感じる怒りや悲しみは、『波乗り』とは別の場所で生まれたものです。それらの感情は、『混雑しているサーフスポットという社会』が、生み出してしまったものです。

実社会もそれと同じ?

混雑しているサーフスポットは、実社会に近い環境だと言えます。

実社会の中で生きぬくことは、簡単ではありません。なぜなら、『他人を幸せにしなければならない義務感』がそこにあるからです。

他人の幸せ・・・

自分が幸せになるためには周りの人も幸せである必要があるのが、実社会の難しさです。身近なひとがいつも不機嫌だと、自分は幸せになるのが難しくなるはずです。

他人を変えようと躍起になっても、『幸せへの糸口』はなかなか見えてこないのです。

波に乗ったら自分を幸せできる

他人だけではなく自分もしあわせにしよう

そんな社会で生き抜く僕たちに、『波乗り』は本当の幸せを分け与えてくれます。

自分にとって幸せとは、『波にのること』です。そのしあわせは、自分自身で作り出すことができます。

 

実社会が息苦しくて『幸せ』を見出せないのは、『不幸せな他人』に依存しているからです。

『他人を幸せにすること』に、頑張りすぎていませんか?

自分をしあわせにすることだけに集中できる場所は、波の上にあります。

海へ行きましょう。

その行動は、『逃げ』ではありません。人を幸せにするためにもがくのは、自分の幸せを手にした後でも遅くないのです。

海と波の上にはいつも、『純粋な幸せ』があります。そしてその幸せを生み出せるのは、自分自身なのです。

 

 

【色々考えすぎてしまうときにおすすめの本】




サイト運営者の紹介

齊藤剣介

サーフフォトグラファー齊藤剣介

1984年生まれ。2012年、ニュージーランドに移住。波乗りに明け暮れながら、サーフフォトグラファーとしても活動している。北海道出身。

サーフフォトグラファーとしての実績
2017 Unsplash awards short listed
2018 Sony world photography Awards commended

※記事内で使用されている写真の大半は、個人で撮影したものではありません。