【上達の心得】サーフィンの魅せ方とサーファーの生き様

最終更新日:2018年12月12日サーフィンが上手い人に、共通していることが1つあります。それは、上手い人誰も […]

最終更新日:2018年12月12日

サーフィンが上手い人に、共通していることが1つあります。それは、上手い人誰もが『みられること』を得意としていることです。

初心者のころは、『自分のサーフィンをみられること』に苦手意識を持たれる方が多いかもしれません。

上級者は?

上手い人は観られているという意識を持つことで、サーフィンに集中することができます。そうすることで結果的に、『観ている人』の心を強く掴むのです。

波乗りに100%集中することで魅せられる

サーフィンを『魅せる』ということ

芸術や仕事、生き方までも、『魅せること』を意識するかどうかで結果は大きく変わってきます。

『観られていること』はプレッシャーにもなり得ますが、それをプラスに変えることができれば、大きな力となるのです。

ここで1つ気をつけたいのは、『魅せること』と『自慢』には大きな違いがあるということです。

どういうこと?

カメラをサーファーに向けているとごく稀に感じるのですが、『自慢したいんだ』という気持ちは表に出てきます。

それを特に感じたのは、先日の水中撮影の時でした。

自分自身が水中撮影するのは、『波のり』です。

その時もいつものように、だれもが自由にそれぞれの『波乗り』を魅せてくれました。どの瞬間を切り取っても美しく、夢中でシャッターを切ったのです。

見せ方が上手いサーファーは、さらに美しい『波とのダンス』を魅せてくれます。

そこに現れたのは、フォイルサーフィンをしているひとです。

その人の動きや外見には、『自分をもっと見てくれ』という『自慢』が渦巻いているように写りました。

そこには波乗りの本来の美しさは、一切感じられません。

これはあくまでも、自分という『観るひと』が受けた感想です。

自慢することで人々を魅了できると考えているひとは、『みせ方』に『自分』が強く出てきます。

それは本来の『波乗り』とは、かけ離れた場所にあるように思えてならないのです。

自分をみせびらかすのではなく波乗りに集中してサーフィンで魅せる

『自分をみせびらかすこと』の内面には、美しさは存在しません。例えを挙げるなら、『ダンサー』がわかりやすいです。

魅せるべきなのは『波乗り』であり『自身』ではない

ダンサー?

ダンサーは、『ダンス』をみせるひとです。そこには『ダンス』という媒体があり、それを通じて自分を表現して人にみせています。

ダンサーが見せようとしているのは『美しいダンス』であり、『ダンサー自身』では決してありません。

もしも、ダンサーが自分を自慢したいという気持ちで踊っていたら、観客たちがその中で『美しいダンス』を見出すことは難しいはずです。

もちろん、受け取る側が『美しいダンス』を見ることで、結果として『美しいダンスを踊るダンサー』を観ていることにはなります。

美しいダンサーは、『ダンスなし』では存在し得ないのです。

ダンサー自身は全力で、『ダンス』に全精神を集中させます。そこに『ダンサーの美しさ』があるのです。

これはサーフィンでも同じです。

サーファーが見せるべきなのは『波乗り』であって、『そのひと個人』ではありません。

上手い下手は関係ありません。『波乗りに全精神をかけているひと』は、誰かの目に必ず『美しく映る』のです。

それこそが、『サーフィンを魅せる』ということです。

『生き方』でも同じことが言えます。

生きることに全力で向かい合った時はじめて、誰かの目に『格好いい生き様』として映ります。

生き様を自慢するではなく、目の前にある『人生』と全力で向かい合ってみる。

それができたときに初めて、周りでなにかが変わるのだと、僕はそう思います。

 

 




サイト運営者の紹介

齊藤剣介

サーフフォトグラファー齊藤剣介

1984年生まれ。2012年、ニュージーランドに移住。波乗りに明け暮れながら、サーフフォトグラファーとしても活動している。北海道出身。

サーフフォトグラファーとしての実績
2017 Unsplash awards short listed
2018 Sony world photography Awards commended

※記事内で使用されている写真の大半は、個人で撮影したものではありません。